yuki.takahashi blog

自分をコーチするブログ

本022:嘘だらけの日韓近現代史

22冊目にして

最後まで聞かずに終わらせる本が出た!

 

韓国といえば隣国な訳だし

さすがに、お隣さんとの関係がどうなってるだとか

今後どんな付き合い方をしていくのがいいのか

そういったことを考えるキッカケとして、手に取った本

 

【結論】

→歴史に関する無知っぷりがわかった

本の中で「韓国の歴史における○○は、嘘だ」と言われても

それが何なのかさっぱりわからん

 

ただ、それだけで終わるのも悔しいので

少しだけ、考えてみた

 

【少しだけ考えてみた】

「東京」という地域や「日本」という国に住んでいるけれど

その集団の中に属している という感覚が、自分は持てていない!

と、気付かされる

 

個人→家族→会社とか地域→国 という感じで

社会的な集団(?)があると考えた時に

 

家族は当然のこととして

会社も、自分の場合は今は自分ともう1人だけなので

どっちも、自分と同等以上に守る存在としてあって当然

という感じ

 

で、そんな中で

何か「地域」とのつながりがあるかというと、そうでもない

且つ、世界における「日本」という捉え方もあまりしていない

 

んで、「日本」という国と「韓国」という国との関係について

 今回本を聞いていて思ったのは…

 「そもそも、自国の日本に対して「私事」として捉えてない」

という感覚

 

自分や家族のことは可愛いし、気にもかける

でも、それが地域とか国レベルまでいってるかっていうと、全くそんなことない

要するに、国の事が「他人事」になってんだな って

 

例えば…

自分が住んでる家があって、その隣の住人が毎日夜遅くまで騒いでたり

気付いたら人の家にズカズカ上がり込んできたとしたら

「は!?ふざけんな!!??」ってなるはず

 

なのに、いざ日本という国が同等の行為を受けていたとした時に

(事実がどうなのかは、置いておいて)

個人の時と同じように反応して対応してるのか って

 

多分、今の自分の「国」に対しての関心の度合いで言うと、してない

これは、なんか、マズいんでないか?

 

【もうちょっとだけ】

なんで、こういった捉え方になっているのか って話

 

例えば個人とか家族の場合

「生きていくため」とか「豊かな生活をしていくため」

って考えると、守らないといけない何かとか

何かしら「脅威」が存在して、それから身を守らないとやっていけん

という感じがリアルにある

 

けど、じゃあそれが「国」とかなった時に

同じような「脅威」なるものが

リアルに感じられていないんじゃないか って話。

 

それが実際にあるか無いかとか関係なく。想像も、出来てない。

 

ヒドく言うとこんな感じ

「自分の住んでる国が、いきなりなんか大変なことになるなんて…そんなこと、無いっしょ」

 

これは、いかんな。。

 

【結論】

関心を持たんと、あかん。自分が住んでいる「日本」という国について。

 

自身のことを考える時は、他者のことを考えるはず。

他者の中での自らの存在/役割とか

関係の持ち方、身の振り方 とか。

 

自分よければ

家族よければ 大丈夫でしょー

とか思ってたとしても

 

そもそも

自分が住んでいるこの国が大丈夫じゃなくなったとしたら…

って話

 

参院選とか都知事選もあるようだし

ちょうど、なんかのタイミングということで